チュートリアル 29:プロセッシング
フランジャ

可変なディレイタイム

これまで tapin~tapout~ を用いて、固定されたディレイタイムによってシグナルをディレイしてきました。tapout~ オブジェクトの適切なインレットに新しい値を送ることによって、任意のタップでディレイタイムの変更を行なうことができます。しかし、このとき tapout~ tapin~ バッファの新しい場所の使用を突然に開始するため、新しいディレイタイムが受信された瞬間に出力シグナルの不連続が生じます。


ディレイタイムの変更は、出力シグナルの不連続を引き起こします

一方で、tapout~ に新しいディレイタイムを与えるために、離散的なMAXメッセージではなく、連続したシグナルを使うことが可能です。2つのディレイタイムの値の間を連続的に変化させるために、line~ オブジェクトを使用することができます。(ちょうど、チュートリアル2で振幅を連続的に変化させた場合と同様です。)


シグナルの形式によるディレイタイムの供給

技術的な詳細:ディレイタイムが連続するシグナルで変更される場合、tapout~ は、アウトプットの各サンプル毎にそれまでのディレイタイムと新しいディレイタイムの間の補間を行わなければならないという点に注意して下さい。このため、tapout~ オブジェクトは、インレットの1つにシグナルが接続されている場合、より多くの演算を行わなければなりません。

このようにして突然生じる不連続によってクリック音が起きるのを避けることができますが、ディレイタイムが変化している間にドップラー効果がエミュレートされるため、アウトプットシグナルのピッチに変化が生じます。

技術的な詳細:音源がリスナーに近づき、または遠ざかる場合、ドップラー効果が生じます。動いている音源は、その音源が作り出す音の波面を、ある程度速く走らせます。これによってリスナーに波面が届くときの周波数が変わり、知覚されるピッチを変化させます。音源がリスナーに向かって移動するとき、波面は実際に音源で発生したものより僅かに大きな周波数でリスナーに到着します。逆に、音源がリスナーから遠ざかるように移動するとき、波面は実際より僅かに小さな周波数でリスナーに到着します。ドップラー効果の典型的な例は救急車のサイレンです。救急車が目の前を通り過ぎるとき、音源が近付いてくる状態(周波数は増加)から、遠ざかる状態(周波数は減少)に変わります。そのため、サイレンのピッチは急に下がるように感じられます。

ディレイシグナルは、音波の反射をエミュレートします。ディレイタイムが減少するということは、ちょうど「反射している(仮想の)壁」が近付いてくるようなものです。ディレイ音の音源(反射する壁)は「近づいて来る」ため、聞こえるサウンドの周波数を増加させます。ディレイタイムが増加する場合は、反対にディレイ音の音源が「遠ざかって行く」効果をもたらします。これが、ディレイタイムが実際に変化している間、出力サウンドのピッチが変化する理由です。

ドップラー効果によるピッチシフトは、通常、振幅の不連続によって起るクリックに比べてサウンドの「分断」を生じにくいものです。むしろ、より重要な点は、連続的にディレイタイムを変化させることで発生するピッチの変動が面白い効果を作るために使用できるということにあります。

フランジング: ディレイタイムのモジュレーション

ディレイタイムは任意のシグナルで与えることができるため、一つの可能性として、ディレイタイムを調整するために低周波のコサイン波のような時間で変化する信号を使用することが考えられます。下の例では、cycle~ オブジェクトはディレイタイムを変化させるために用いられています。


低周波オシレータ(LFO)によって、ディレイタイムを変調する。

cycle~ のアウトプットは 0.25を掛けて振幅をスケールされています。このシグナルに100ミリ秒の基準ディレイタイムを掛け、振幅が±25のシグナルを作っています。このシグナルを基準ディレイタイムに加えると、結果として、基準ディレイタイム100ミリ秒を中心に75を最小値、125を最大値としてサイン波状に変化するシグナルを生じます。このシグナルは、tapout~ オブジェクトに、ディレイタイムをミリ秒単位で伝えるために使用されます。

時間変化するディレイ(特に非常に短いディレイ)シグナルが、ディレイされないオリジナルのシグナルに加算されると、連続的に変化するコム(櫛形)フィルタ効果を生じますが、これは「フランジャ」と呼ばれています。フランジャは、モジュレーションのレート(速さ)とデプス(深さ)によって、微妙で激しい効果を作り出すことができます。

フィードバックによるステレオ・フランジャ

このチュートリアルパッチは、前の章のものに非常に良く似ています。ここでの主な違いは、前のページで記述されたように、2つのチャンネルのディレイタイムがコサイン波でモジュレーションされているという点です。このパッチでは、ただ様々なパラメータを変更するだけで多種多様なフランジャー効果を試す機会が与えられています。パラメータは、ディレイシグナルとディレイされていないシグナルの wet/dry ミックス、左右のチャンネルのディレイタイム、ディレイタイムのモジュレーションのレートとデプス、そして、各チャンネルのディレイラインへフィードバックされるディレイシグナルの量です。

・コンピュータのオーディオ入力にサウンドを送り、preset オブジェクトのボタンをクリックして、それぞれの効果を聞いて下さい。サンプルパッチのセッティングを出発点として、いろいろなパラメータに様々な値を設定して実験してみて下さい。モジュレーション・デプスはシンセサイザのモジュレーション・ホイールでもコントロールできるようになっている点に注意して下さい。これは、オーディオ処理のパラメータのリアルタイムコントロールにMIDIを利用する方法を示しています。

preset オブジェクトにストアされている様々な例は、次のような特徴を持っています。

  1. 単なるオーディオ入力からオーディオ出力へのスルー。これは、単に入力、出力のテストをするものです。
  2. 入力シグナルは、各々のチャンネルに短い(互いに素である)ディレイタイムを使用したディレイバージョンと対等に結合されます。モジュレーション・レートは0.2Hz(5秒毎に1サイクルのサイン波)にセットされていますが、モジュレーション・デプスの初期値は0です。ゆっくりしたフランジャー効果を作るためには、シンセサイザのモジュレーション・ホイールを使用(または "Mod Wheel" ナンバーボックスをドラッグ)して下さい。

  3. モジュレーション・レートが6Hzである以外は、2と同じものです。モジュレーション・デプスは微妙なビブラート効果を生むように非常に低く設定されていますが、この値を増やすと、微妙ではなくはっきりとした広いビブラートになります。

  4. より速いビブラート、より大きなデプス、ディレイシグナルのディレイラインへのフィードバックは、複雑に振動するフランジャー効果を作り出します。

  5. 右のチャンネルはフランジャー効果のために短いディレイタイムで、左のチャンネルはエコー効果のために長いディレイタイムでディレイされます。両方のディレイタイムは2秒周期のサイン波で変化させられていて、ディレイシグナルは各々のディレイラインにフィードバックされます。(右チャンネルではリンギング共振、左チャンネルではエコーの反復が起ります。)

  6. 両方のディレイタイムは、多量のフィードバックを伴って長くセットされ、エコーの反復を作り出します。エコーのレート(およびピッチ)は、非常にゆっくりとしたモジュレーション周波数(10秒毎に1サイクル)で上下に変化します。

  7. 2秒毎のサイン波でモジュレーションされる以外は、6と同様な効果です。

  8. 上記の5と似ていますが、フランジャー効果は55Hzのオーディオレート(可聴域)で発生していて、オリジナルサウンドはミックスされていません。ソースの音は完全に歪められていて、その周波数はモジュレーションレートによって与えられます。

まとめ

tapout~ のインレットにシグナルを送ることによって、連続して変化するディレイタイムを与えることができます。ディレイタイムが変化するつれて、ディレイサウンドのピッチは逆方向に変化します。ディレイタイムのモジュレートに低周波数の波を繰り返し使うことによって、微妙な、或いははっきりとしたピッチ変化をする効果を作り出すことができます。ディレイタイムを変化させたサウンドを、オリジナルのディレイされていないサウンドにミキシングすることによって、「フランジャ」として知られている、変化するコムフィルタ効果を作り出すことができます。フランジャ効果のデプス(強さ)は、主としてディレイタイムをモジュレートしているシグナルの振幅に依存します。

参照

noise~ ホワイトノイズ・ジェネレータ
rand~ バンド・リミテッド(帯域制限された)ランダムシグナル
tapin~ ディレイラインへの入力
tapout~ ディレイラインからの出力