周波数変調(FM)は、多種多様な楽音を合成するための非常に応用範囲の広い、有効な方法であることがわかりました。FMは、アコースティックな楽器をエミュレートしたり、コンピュータにとって効率的な方法で、複雑な、変わった音を合成するために非常に適した方法です。
1つの波の周波数を他の波によってモジュレート(変調)することによって、多くの側波帯が生成されます。その結果、出力されたサウンドでは、キャリア波やモジュレータ波に存在するものより、非常に多くの周波数が生成されます。前の章で簡単に述べたように、側波帯の周波数は、キャリア周波数(Fc )とモジュレータ周波数(Fm)の関係によって決定されます。様々な側波帯の強さの関係(これは音色に影響を及ぼします)は、モジュレータ振幅(Am)とモジュレータ周波数(Fm)の関係によって決定されます。
これらの関係を考えると、FMシンセシスのコントロールは、2つの重要な値に要約することができます。そして、それは適切なパラメータの比として定義されます。重要な値の1つは、周波数比(harmonicity ratio)で、Fm/Fcとして定義されます。これは、周波数が倍音関係にあるかどうかに関わらず、出力される音にどんな周波数が存在するかを決定します。第2の重要な値は変調指数(modulation index)で、Am/Fmとして定義されます。この値は、部分音の強さの関係に影響を及ぼすため、音色の「brightness(明るさ)」に影響します。
技術的な詳細:John Chowningの論文、"Synthesis of Complex Audio Spectra by Means of Frequency Modulation"と、Curtis Roadの “Computer Music Tutorial”の中に「周波数比」として、Fc/Fmについての記述があります。しかし、F.R. Mooreの” Elements of Computer Music”では、用語「周波数比(harmonicity ratio)」はFm/Fcとして定義されています。キャリアとモジュレータの周波数の関係を「周波数比」として表すという考え方は、どのケースでも同じものです。このチュートリアルでは、Mooreの定義を使用します。この場合、「周波数比」が整数のとき、結果が Fc を基音(基本周波数)とする倍音関係(高調波成分)の部分音による音になるためです。
側波帯の周波数は、キャリア周波数とモジュレータの整数倍の周波数の和と差によって決定されます。このことから、FM音では、Fc、Fc+Fm、Fc-Fm、Fc+2Fm、Fc-2Fm、Fc+3Fm、Fc-3Fm、・・・という周波数が存在することがわかります。これらは、差の周波数が負の数になった場合でも有効です。負の周波数は、あたかも正の周波数であるかのように聞こえます。側波帯の存在する数と強さは変調指数によって決定されます。変調指数がより大きくなると、より多くの有効なエネルギーを持つ側帯波の数が増えます。
このチュートリアルパッチの simpleFM~オブジェクトは、MSPオブジェクトではありません。これは、周波数比と変調指数の概念を実装するためのサブパッチです。
・ simpleFM~サブパッチオブジェクトをダブルクリックして、その内容を見て下さい。
simpleFM~ サブパッチ
このサブパッチの主な利点は、キャリア周波数、周波数比、変調指数の指定ができることで、その値から、必要なモジュレータ周波数とモジュレータ振幅を( *~ オブジェクトで)計算し、正確なFMシグナルを生成します。このサブパッチは、インレットでシグナルまたは数値を受取ることができ、周波数比と変調指数をメインパッチのアーギュメントとして入力することができるというフレキシブルなものです。
・[simpleFM~] ウィンドウを閉じて下さい。
メインパッチで、キャリア周波数と周波数比は定数としてsimpleFM~に与えられています。そして、変調指数は function オブジェクトのエンベロープによって生成される、時間変化シグナルとして与えられます。
FMインストゥルメントへの値の提供
変調指数は音色(プライトネス)の主な決定要因であり、また、現実にあるほとんどのサウンドの音色は時間によって変化するので、変調指数はエンベロープによってコントロールされる主要な対象になります。この音色エンベロープは、サウンドの振幅に正確に対応する場合や、対応しない場合があります。そのため、メインパッチでは1つのエンベロープは振幅のコントロールに、もう1つはブライトネスのコントロールに用いられます。
音全体を通して、音色と振幅は独立してなだらかに変化します
各々のプリセットには、下に述べるような、様々な種類のFM音を作り出すようなセッティングが含まれています。
・オーディオをオンをにして、preset オブジェクトの最初のプリセットの上をクリックし、インストゥルメントのための設定を呼び出して下さい。button をクリックして、音を演奏してみて下さい。preset オブジェクトの色々なプリセットの上をクリックして、それぞれのインストゥルメントの設定を呼び出して下さい。そして、button をクリックして音を演奏してみて下さい。
プリセット1. | キャリア周波数は中央のCの1オクターブ下のCです。周波数比には非整数値が使われているので、倍音関係でない部分音の集合を作り出します。この、倍音関係でないスペクトル、変調指数の「ブライト」から「ピュア」への定常的な下降、そして長い対数関数的な振幅の減衰(Decay)の組み合わせは、メタル製のベルのような音を作り出します。 |
プリセット2. | この音は、1番目のものと似ていますが、(わずかにチューニングをずらされた)倍音の値を周波数比として持ちます。そのため、音はエレクトリックピアノに近づいています。 |
プリセット3. | 周波数比の無理数の値(1対2の平方根)、低い変調指数、短い持続時間、特徴的なエンベロープの結合は、この音に、ある程度ピッチを与えられたドラムのような性質を与えます。 |
プリセット4. | 金管楽器では、ブライトネスはラウドネスと密接に関係しています。そのため、この例では、トランペットのようなサウンドを合成するために、変調指数エンベロープは、基本的に振幅エンベロープを追いかけています。また、振幅エンベロープは、遅めのアタック、そしてわずかなディケイによって、金管楽器の特性を持っています。ピッチは中央のCの上のGで、周波数比は1であり、スペクトルは完全な倍音系を持っています。 |
プリセット5. | トランペットでは、高音は一般により強力なアタックを必要とします。;それで、同じエンベロープをより短い持続時間へ適用し、高いCのピッチのためのキャリア周波数を用いることで、スタッカートによる高いトランペット音をエミュレートしています。 |
プリセット6. | 同じピッチと同じ周波数比で、パーカッシブなアタックと低い変調指数の場合、シロフォン(木琴)のサウンドをもたらします。 |
プリセット7. | 周波数比4は奇数次倍音を強調するスペクトルを与えます。これと、低い変調指数、遅いアタックの結合は、クラリネットのような音を作り出します。 |
プリセット8. | もちろん、FMシンセシスの実際の楽しみはシュールな音色であり、これは色々なパラメータにオーソドックスでない値を選ぶことで合成できます。ここでは、極端に激しく変化する変調指数によって、どんなアコースティックなものとも違った音を合成しています。 |
・独自のエンベロープとセッティングで実験してみることで、新しいFMサウンドを発見することができるかもしれません。終了したら、ezdac~ をクリックしてオーディオをオフにして下さい。
振幅変調(AM)と同様に、周波数変調(FM)もまた、複合音を使って実行することができます。サイン波は、習慣的に最も多く使用されてきました。それは、最も予測可能な結果をもたらすからです。しかし、他の多くの面白いサウンドは、キャリアやモジュレータのシグナルに複合音を使用することによって得られる可能性があります。
FMシンセシスは、ありきたりでない新しいサウンドを合成するために、またアコースティック楽器のサウンドをエミュレートするためにも有効な技術です。
FM音に存在する周波数は、キャリア周波数とモジュレータ周波数の整数倍との和および差と等しくなります。したがって、音の部分音の構成は 1 つの数値(モジュレータとキャリアの周波数の比)によって記述することができます。これは「harmonicity ratio(周波数比)」と呼ばれることがあります。部分音の相対的な振幅はモジュレータの振幅と、その周波数の比によって決定されます。これは「modulation radio(変調指数)として知られています。
ほとんどのアコースティック楽器で、音色は音の進行に伴って変わっていくので、変調指数のエンベロープコントロールは面白いサウンドを作り出すのに適しています。非整数次の周波数比は、倍音関係にないスペクトルを生みます。そして、パーカッシブな振幅エンベロープと結合されると、ドラムのような、また、ベルのようなサウンドを作り出すことができます。整数の周波数比を、適当な変調指数エンベロープと振幅エンベロープに結合させると、様々な、ピッチを持った楽器のサウンドを合成することができます。