チュートリアル8

シンセシス:トレモロとリングモデュレーション

シグナルの乗算

前の章では、サイン音を加算して複合音を作りました。この章では、シグナルの乗算によって、かなり違った効果を作り出せるということを見ていきます。1つの波形に他の波形を掛け合せること−つまり、それらの瞬間の振幅をサンプルごとに掛け合せること−は「リングモデュレーション(または一般的に「振幅変調」)」と呼ばれる効果を作ります。「モデュレーション」は、この場合単に変更を意味します。;1つの波形の振幅が、他の波形の振幅によって連続的に変更されることです。

技術的な詳細:時間領域での波形の乗算は、周波数領域での波形の畳み込み(コンボリューション)と等しいものになります。畳み込みを理解する1つの方法は、一方の波形のスペクトラムのあらゆる周波数上での、もう一方のスペクトルの「重ね」として考えることです。与えられた2つのスペクトルS1、S2は、各々すべて異なる振幅での多くの異なる周波数を含みます。S1のコピーがS2のすべての周波数成分の位置で作られ、それぞれのコピーはS2の同じ周波数の振幅を係数として掛け合わせられると考えます。

コサイン波は、正、負の周波数で等しい振幅をもつので、そのスペクトルは、fと-fの両方で(等分された)エネルギーを含んでいます。他のコサイン波によって畳み込みが行われると、最初の波形の係数を掛けられたコピー(正、及び負の両方の周波数成分でのもの)はもう一方の波形の正、負の周波数を中心として現れます。

スペクトラムS1は、S1*S2ではS2の各成分を中央として(係数を掛けられて)現れます

時間領域での乗算は周波数領域での畳み込みと同じものです

実例のパッチでは、2つのサイン状波の音を掛け合わせます。リングモジュレーション(乗算)はどんなシグナルでも行うことができます。実際、リングモジュレーションの、音的に最も面白い使用法は複合音を含んだものです。しかしこの例では、シグナルの乗算による効果がはっきり聞き取れるような簡潔さを目的としているのでの、サイン波の音に絞って考えます。

2つのコサイン波のシンプルな乗算

チュートリアルパッチは2つのcycle‾オブジェクトを含み、それぞれのアウトレットは*‾オブジェクトのインレットの1つと接続されています。しかし、一方のcycle‾オブジェクトのアウトプットは、まず付加的な*‾オブジェクトによって係数を掛けられます。これは結果全体の振幅をコントロールしています。(これがないと、2つのサイクルオブジェクトの積によって生成される波形の振幅は、常に1になってしまいます。)

2つのコサイン波の積(一方は前もって振幅を係数でスケールしています)

トレモロ

最初にパッチをオープンするとき、loadbangオブジェクトはオシレータの周波数そして振幅を初期化します。1つのオシレータはオーディオ周波数1000Hzです。もう1つはサブ・オーディオ周波数0.1Hz(10秒ごとに1サイクル)です。1000Hzの音は、実際に聞こえる(これはキャリアオシレータと呼ばれる)ものであり、これはもう一方の波形(これはモジュレータと呼ばれる)によってモジュレート(変調)されます。そのため、1000Hzの音は、0.1Hzのコサイン波が0になる時には0まで下降します。(サイクルあたり2回、つまり5秒毎です)

* ezdac‾をクリックしてオーディオをオンにして下さい。モジュレータのコサイン曲線によって、1000Hzの音の振幅が上下するの聞くことができます。そして、それは10秒毎に1つの完全なサイクルを終えます。(モジュレータが負の時にはキャリアを反転させますが、私たちはその違いを聞きとることができません。そのため、効果はモジュレーション1周期につき2回、同じような振幅の下降として現れます。)

振幅は、2つのウェーブの積と等しくなります。キャリアの振幅のピークが1なので、全部の振幅はモジュレータの振幅と等しくなります。

* "Amplitude"ナンバーボックスをドラッグして、サウンドのレベルを調節して下さい。”1”と書かれたメッセージボックスをクリックして、モジュレータ・レートを変更して下さい。

モジュレータレートが1にセットされると、1秒につき2回、振幅が0へ下降するのを聞くことができます。このような周期的な振幅の変動は「トレモロ」として知られています。(これはビブラート−通常、ピッチまたは周波数の周期的な変動を表すために使用される用語−とは違うものである点に注意して下さい。)振幅は、1サイクルにつき2回、0へと動くので、知覚されるトレモロのレートはモジュレータ・レートの2倍になります。前のページで述べたように、リングモジュレーションは2つの音の和と差の周波数を生じていますので、実際には1001Hzの周波数と999Hzの周波数の音が聞こえています。そして、2Hzのうなりは、2つの周波数間の干渉のために生じています。

* 1度に1回、”2”および”4”と表示されたメッセージボックスをクリックして下さい。どんなトレモロのレートで聞こえるでしょうか?サウンドはまだ、振幅が変動している単音に聞こえます。その理由は、2つの音の周波数の和と差があまりに近いので、うまく分離して聞こえないからです。あなたは実際に聞いている音の周波数を計算できますか?

* では、モジュレータのレートを8Hz、そして16Hzにセットしてみて下さい。

これらの場合、トレモロのレートはオーディオ領域に近づいています。もはや、トレモロははっきりした変動としては聞こえません。ちょうど、独特な「ラフネス−粗さ」をサウンドに付け加えているように聞こえます。和と差の周波数は十分に聞き取れるくらい離れていて、もはや1つの音として溶け合っているようには知覚されません。しかし、それらはまだ音響心理学者が「クリティカル・バンド」と言うものの範囲内にあります。このクリティカル・バンドの範囲内では、2つの分かれた音をピッチの間隔(音程)を持つものとして聞くのには苦労します。これは多分、2つの音が両方とも、私たちの基底膜の同じ領域に作用するためと考えられます。

// 訳注:基底膜・・内耳の蝸牛にある帯状の振動板。感覚細胞が並んでいます。周波数によって、
// 振動する部分が異なり、それによってピッチを知覚していると考えられています。

側波帯

* モジュレータのレートを32 Hz、そして50Hzにセットしてみて下さい。

モジュレーションレートが32Hzの場合、、2つの音は「音程」(およそ短2度)として聞くことができますが、ラフネス(粗さ)の感じは続いています。モジュレーションレートが50Hzの場合、和と差の周波数は1050Hzと950 Hz(ほとんど長2度の音程と同じ位のピッチ間隔)で、粗さはほとんどなくなっています。トレモロレートそれ自体が100Hzの音として聞こえるかも知れません。

モジュレーションのこのタイプでは、新しい周波数の音が生成されるのを見ることができますが、これはキャリア音やモジュレータ音には存在していません。これらの付加的な周波数は、キャリア周波数の両側に生じるので、通常、側波帯と呼ばれています。

* 残りのモジュレーションレートを聞いてみて下さい。

ある特定のモジュレーションレートでは、すべての側波帯は倍音(高調波成分)の関係で並びます。例えば、200Hzのモジュレーションレートの場合、トレモロレートが400Hzで、和と差の周波数は800Hz及び1200Hzになります。モジュレーションレートが500Hzでトレモロレートが1000Hz、そして和と差の周波数が500Hzと1500Hzの場合も同様です。こういったケースでは、側波帯は1つの複合音として、より密接に溶け合っています。

* ナンバーボックスに他の値をタイプして、他のキャリアそしてモジュレータ周波数による実験をしてみて下さい。終わったら、ezadc‾をクリックしてオーディオをオフにして下さい。

まとめ

2つのデジタル信号を掛け合わせることは、リングモジュレーションとして知られるアナログオーディオ技術に相当します。リングモジュレーションは一種の振幅変調(Amplitude modulation)です。振幅変調とは、一つの音(キャリアと呼ばれます)の振幅を、他の音(モジュレータと呼ばれます)の振幅によって変化させるものです。時間領域でのシグナルの乗算は、周波数領域でのスペクトルの畳込み(コンボリューション)と同じものです。

サブオーディオシグナルをオーディオシグナルに掛け合わせると、結果として「トレモロ」として知られている振幅の規則的な変化が起こります。シグナルの乗算は、側波帯(オリジナルの音にはない付加的な周波数)を作ります。2つのサイン波の音を掛け合わせると、2つの周波数の和と差(の周波数)でエネルギーを生じます。その「和と差の周波数」によって、波の干渉によるうなりが生じるか、または、周波数が倍音関係にある時には溶け合った1つの複合音が生じます。2つのシグナルが掛け合わせられる時、出力される振幅はキャリアとモジュレータの振幅の積によって決定されます。

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